「はぁ、はぁ……もう、むりぃー。ユウくん、つかれたぁー」
ヒナが俺の服の裾をぎゅっと掴み、甘えるように言った。その息遣いは、先ほどまでの追いかけっこで乱れている。微かに震える指先が、俺の服の生地を掴む力が、やけに頼りなく感じられた。
「はぁ、はぁ……だなぁ……久しぶりに走ったな……」
俺もまた、肩で息をしていた。日頃の運動不足が祟り、ヒナの近さから逃げ出す体力も、もう残っていなかった。心臓が、ドクドクと不規則なリズムで高鳴り続ける。公園の静けさの中、俺たちの荒い息遣いだけが響いていた。
「あっ! ユウくん……飲み会!」
その時、ヒナが何かに気づいたように、突然大声を出した。ハッとしたように目を見開くヒナの表情は、どこか幼く見えた。
「……え? あぁ、飲み会誘われてたんだった……ま、飲み会だし……別に、俺が行かなくても気にするヤツいないよ」
俺が苦笑いしてそう言うと、ヒナはふいと俯いた。街灯の光が、彼女の顔に影を落とす。そのままするりと視線を上げ、上目遣いで俺の目を見つめてきた。その潤んだ瞳に、俺の心臓は締め付けられるような感覚に陥る。
別に俺は飲み会よりもヒナとと一緒にいる方がたのしいと思いつつあった。それに飲み会は、いつでもあるが、今のヒナは放っておけない気がした。
「そう……かなぁ。わたしだったら……寂しいかもぉ……。ガッカリしちゃうなぁ~」
その言葉に、俺はドキッとして、全身が固まってしまった。そんな事を言われるなんて思ってもいなかったし、これまで、そんな事を言ってくるような友人は誰もいなかったからだ。ヒナの声が、直接心臓に響くように感じられた。
「でも、ユウくんに……追ってきてもらえるなんて……うれしいぃ✨」
そして、ヒナは満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、夜の公園をぱっと明るくするかのようだった。止めの一撃とも言えるその笑顔に、俺の胸は高鳴り、全身の血が、一気に熱くなるのを感じた。
これ、なんて返せばいいんだよ……?
俺は恥ずかしくて顔を逸らし、返事に困っていた。胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられる。ヒナの言葉が、じんわりと心に染み渡るような感覚だった。
「ねぇ……ユウくん、飲み会に行かなくていいの?」
ヒナが体を少し傾けながら、可愛らしい仕草で聞いてきた。その上目遣いに、俺の心臓はさらに速く打ち鳴らされる。今更……行ってもな。そんな風に考えている自分がいた。それよりも、先ほどから思っていた「ヒナとこのまま過ごしていた方が断然いい!」 とは思うけれど、それを口にする勇気はなかった。
「ヒナこそ……何か予定あるんじゃないの? 友達いっぱいいるだろ?」
俺は視線をそらしたまま、なんとか言葉を絞り出した。ヒナはいつも、男女問わずに大勢の友達の中で、楽しそうに話をしているのを何度も見かけている。そんな人気者のヒナが、まさか予定がないなんて。
「ん~今日は予定ないよ。今日は……ユウくんと過ごそうかなーって、思ってたか……ううん。予定ないよー」
ヒナは一瞬、恥ずかしそうに視線を逸らした。その頬が、街灯の光に照らされて、微かに赤みを帯びているように見えた。そして、慌てて言い直した。その仕草一つ一つに、俺の心は揺さぶられていた。
「……そうなんだ?」
俺はただ、それだけしか言えなかった。ヤバい、こういう時どうすればいいんだ? 頭の中が真っ白になる。二人っきりだぞ……しかも、こんなに可愛い女の子と。心臓がドクドクと、耳鳴りのように響いていた。
「ふふっ、どーしようかー? せっかく二人だしさっ。どこか行く?」
ヒナが楽しそうに、そして少し意地悪そうに微笑んだ。その余裕ある態度が、俺とは正反対だ。こういう場面に慣れていそうな感じがして、ちょっと……妬けるというか……なんだろ、この感情は。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるような、複雑な感覚が込み上げてくる。
どこかって……俺は、大学か飲み会の居酒屋やスーパーとかコンビニくらいしか知らない。こういう時に若い男女がデートで行くような場所なんて、これまでの人生で調べたりすることもなかった。俺の頭の中には、ただ焦りだけが渦巻いていた。
「それにしてもさ、久しぶりに走ったから足がプルプルだよーもぉー」
ヒナがそう言うと、自然な仕草で俺の腕に抱きついてきた。いやいや……胸の感触が……。柔らかい……って。俺の心臓は、警鐘を鳴らすようにドクドクと高鳴る。これ、ヒナの癖なのかな? ……他の男子にもしてるんだろうな。そんな考えが、なぜか胸の奥をざわつかせた。
「ねぇーどっかで休もっ!」
その言葉に、ヤバい、一瞬……ラブホが思い浮かんでしまった……いや、行ったことないけどさ。ドラマとかで良くあるパターンだろ? 頭の中で警報が鳴り響く。
「休むって……!?」
俺が驚いた顔でヒナを見ると、ヒナも同じことを想像したのか、パッと顔を赤くさせて慌てて言い直した。
その瞬間——ヒナの心には、忘れがたい何かが深く、深く焼き付いた。彼の腕から伝わってくる血の生温かい温度、震えるほど力強く、それでいて優しく彼女を掴む指の感触。そして、何よりも、彼女の命を守ろうとする彼の揺るぎない意思。それらはヒナの中で、単なる命の恩人という言葉では言い尽くせないほどの、深い感謝と敬意となって刻み込まれた。 彼は、傷つきながらも自分を救ってくれた。その姿は、幼いヒナにとって、まるで絵本から飛び出してきたヒーローのようだった。「この人のためなら、私はすべてを捧げられる」という、幼心にも強い決意が芽生えた。ユウマの存在は、彼女の世界を照らす唯一の光になった。 その後、二人はすぐに救急搬送された。ヒナは幸いにもかすり傷程度で済んだが、ユウマは重症で、あの痛々しい傷痕と共に、数週間もの間、入院することになったのを、ヒナは今でも鮮明に覚えていた。 ユウマの胸に残る、あの傷跡。それが有刺鉄線のものだと確信した瞬間、わたしの心臓は激しく高鳴った。ずっと心の奥底で探し求めていた、あの時のヒーローが、目の前にいるユウマだと分かったのだ。あまりの嬉しさに、どうすればいいのか分からなくなった。♢喜びと混乱の狭間で ユウマが、何事もなかったかのように床に置いた服を手に取り、背中を向けてシャツに袖を通そうとしている。その背中には、さっきまで見えていた生々しい傷跡が、今はもう隠されている。 わたしは、喉の奥から込み上げる叫び声を必死に押し殺した。喜びで全身が震えている。自分がこんなにも感情を揺さぶられるなんて、今まで経験したことがなかった。どうすればいい? 何て言えばいい? 『あの時のユウマくん、わたしを助けてくれたんでしょ?』そう問い詰めたい衝動に駆られるが、言葉が喉に詰まって出てこない。 今までは、わたしの探し求めていた“わたしのヒーロー”に名前も面影も似ていて、自然と惹かれるものがあり、無意識に抱きついて甘えていたのかもしれない。けれど今になって思えば——わたしの直感は、当たっていた。 ユウマくんは、間違いなく、わたしにとっての“光”。そして“ヒーロー”だ。 憧れの存在でもあり……心を惹かれてしまう人。 そんな人と、今こうして一緒に過ごしているなんて——。 んぅ ……急に、恥ずかしさが込み上げてきた。♢友達という名の仮面 ユウマがシャツを着終え、
下着だけを履いた状態で、鏡に映る自分を見る。上半身は裸だ。男だし……別にヒナの前で着替えても良いよな? さっきあいつも俺の前でTシャツ一枚で出てきたくらいだし。そんな理屈が頭をよぎる。 着替えの部屋着は一応リビングに用意していたので、脱衣所を出てリビングで着替えることにした。リビングへ向かう廊下を歩く間も、ヒナが俺の服を見てどう思うか、どんな反応をするか、そんなことばかりが頭を巡り、足元がふわふわするのを感じた。♢ヒナ視点 リビングのソファに座るヒナは、落ち着かない様子でそわそわしていた。ユウマがお風呂から出てくるのを待つ時間は、こんなにも長く感じるものなのかと、柄にもなく緊張している自分に戸惑いを覚える。浴室のドアの向こうから、シャワーの止まる音、そしてやがてユウマの足音が近づいてくるのが聞こえた。そのたびに、胸のドキドキが高まるのを感じる。 足音がリビングの手前で止まる。振り向きたい衝動を必死に抑えながら、ヒナは視線だけをそっと向けた。すると、視界に飛び込んできたのは、予想だにしない光景だった。ユウマが、下着だけを身につけた姿でそこに立っていたのだ。 湯気を含んだ彼の肌は少し赤みを帯び、鍛えられた肩や背中には、まだ水滴が光っているように見えた。その逞しい背中と、そこから覗く肉体的なラインに、ヒナの顔は一気に熱くなる。男子の裸なんて、これまで一度たりとも見たことがない。ましてや、それがユウマだなんて。 思わず、盗み見る自分に少し笑いが込み上げてくる。ソファに座ったまま、その背中に向けて、ヒナはまるで小悪魔のような笑みを浮かべた。目の前の光景に心臓の鼓動が早まるのを感じながら、彼女は自分の鼓動の数を、一つ、また一つと数え始めた。 ふと、ユウマが床に置いていた服へと手を伸ばした瞬間――そのわずかな動きに合わせて、彼の胸と腹がチラリと露わになる。 瞬間、ヒナの呼吸が止まった。 そこには、等間隔に刻まれた鋭い傷跡。皮膚に深く残る痛みの記憶。それは有刺鉄線の残酷さをそのまま語るような、忘れようとしても目を逸らせない証。 ヒナは、何かに打ち抜かれたようにその場に立ち尽くす。彼が見せていない痛み、語っていない過去。そのすべてが、目の前の痕跡に宿っていた。 ――やっぱり、間違いない。この人は、あの時わたしを助けてくれた“ユウマ”だ。わたしのヒーロー。
「え、あ、ああ……いいけど……」 俺の返事に、ヒナはホッとしたように小さく息を吐いた。そして、次の言葉を紡ぐ。「だって、親友の家にお泊まりするんだし、お風呂くらい借りないと、失礼だもんね?」 そう言いながら、ヒナはわざとらしく明るい声を出し、自分の言葉に言い聞かせるように「親友」という部分を強調する。その仕草に、俺はヒナが普段から使う「仲良しなら当たり前」とは違う、どこか言い訳がましい響きを感じた。 ユウは、ヒナのいつもとは違う雰囲気を敏感に察知した。彼女が放った「親友」という言葉が、ユウの心を惑わせる。もしかして、ただの気遣いなのだろうか。自分だけが勝手に特別な意味を見出そうとしているのではないか。そんな迷いが、ユウの胸に小さな波紋を広げた。 ユウは、ヒナの表情から目が離せなかった。夕暮れのオレンジ色が窓から差し込み、彼女の頬に淡い影を落としている。その影が、ヒナのいつも弾けるような笑顔を、どこか儚げな、少女らしい表情に変えていた。 ヒナは、自分の言葉にごまかすように、きゅっと唇を引き結んでいる。その仕草が、彼女の決意と、それを上回るほどの緊張を物語っていた。ユウの心臓は、ドクンと一つ、大きく跳ねた。それは、期待と不安が入り混じった、甘く胸を締め付けるような鼓動だった。 親友という言葉の持つ、今まで当たり前だった響きが、今はまるで、二人を隔てる透明な壁のように感じられた。ユウは、ヒナの言葉の真意を測りかね、どう動くべきか迷っていた。 ユウはごくりと唾を飲み込んだ。喉がからからに渇き、声が出ない。ヒナの視線が、ユウの表情を窺うように彷徨う。その潤んだ瞳が、ユウの心を揺さぶった。 言葉を交わさずとも、二人の間には、今までになかった感情の波が静かに押し寄せていた。夕焼けの光が揺らめく部屋で、二人はただ、互いの存在を強く感じ合っていた。それは、親密さとは異なる、重く、しかし甘い空気だった。 「シャワーだけだけどな」と、俺は努めて平静を装いながら答える。ヒナは「うん!」と元気よく頷くと、俺の用意したタオルと部屋着(俺のオーバーサイズのTシャツとスウェットパンツ)を受け取った。その時、彼女の指先が俺の指に触れた。一瞬の接触だったが、彼女の手は微かに震えているように感じた。 風呂を借りたヒナが、ユウマのぶかぶかなTシャツとスウェットパンツを借りて出てくる
「さ、適当に座ってていいよ」 そう声をかけると、ヒナはソファへと向かった。いつもなら躊躇なく腕に抱きついてくるヒナが、今日は俺の隣に座るだけでも、ほんの少しぎこちないように見えた。でも、すぐにいつもの明るさを取り戻し、好奇心旺盛な瞳で部屋を見回し始めた。「へぇ~、ユウくんの部屋って意外と綺麗なんだね! もっとごちゃごちゃしてるかと思った~」 冗談めかしたヒナの言葉に、思わず苦笑が漏れる。棚に並んだ俺の趣味の品々を、ヒナが指でそっとなぞる。ゲームのソフト、読みかけの本、そして少し埃をかぶったサッカーボール。一つ一つに目を凝らすヒナの横顔を見ていると、俺の知らないところで、ヒナが俺という人間をより深く知ろうとしているような、そんな感覚がして、胸の奥がじんわりと温かくなった。 二人は並んでソファに座り、テレビで映画を観始めた。慣れない部屋のせいか、ヒナのいつもより少しだけ静かな気配に、俺の緊張も少しずつ溶けていくのを感じた。映画の途中、ヒナはいつもの癖で、自然と俺の肩に頭を預けてきた。柔らかな髪が頬をくすぐり、温かい体温が伝わってくる。洗い立ての服から香る柔軟剤の匂いが、心地よく俺を包んだ。「ねぇ、このシーン、ちょっと怖いかも! ……きゃ! はぅぅぅ」 映画の展開に身をすくめ、無意識のうちに俺の腕にそっとしがみつくヒナ。いつもの「仲良しなら当たり前」のスキンシップだ。でも、今日はその指先から伝わるヒナの体温が、いつもよりずっと熱く感じられた。俺が隣で小さく息を呑んだ気配に、ヒナの心臓がトクン、と跳ねたのが分かった。ヒナは顔を少しだけ上げて、俺の横顔を盗み見る。画面を見つめる俺の瞳は真剣で、その端正な横顔に、ヒナはキュンとしたのだろうか。いや、いつものことだ。そう自分に言い聞かせた。 ふと、飲み物を取りに立ち上がろうとすると、ヒナが離れていくことに寂しさを感じたのか、一瞬だけ俺の服の裾を掴みそうになる仕草を見せた。その小さな動きを見逃さず、俺はすぐにヒナに顔を向けた。「何か飲む?」 俺の声に、ヒナの胸が高鳴るのが分かった。俺が飲み物を取りに行っている間、ヒナは俺が座っていた場所にそっと手を触れる。まだ残る温もりに、じんわりと頬が熱くなるのを、俺は見ていた。 俺が飲み物を持って戻ると、ヒナは「あ、そうだ!」と急に閃いたように、俺の手から自分のスマートフォ
「……ってことは、あ、あぁ……一人暮らしってのも嘘で両親と一緒な感じ?」 ヒナが不安げに、そして少し残念そうに尋ねてきた。その視線が、俺の内心を見透かすように感じられた。 「それは、ホント……。俺は一人暮らしだよ。二人っきりになっちゃうけど……どうする?」 俺は改めて、ヒナの顔を見つめて問いかけた。マンションの街灯の下、夜風がひゅうと吹き抜ける。「ユウくんのおへやに~レッツゴー!」 ヒナは俺の腕を掴んだまま、何の迷いもなく満面の笑みで宣言した。その無邪気な笑顔に、俺の心臓はまたしても大きく跳ね上がる。「慣れてないとか、男子と二人きりになるのは避けてるって言ってたよね!? 随分と……積極的だけど?」 俺は思わず、ツッコミを入れてしまった。さっきまでの、はにかんだような表情はどこへやら。今のヒナは、まるで小動物が獲物を見つけたかのように、キラキラと目を輝かせている。「んー? それはねーえへへ、ユウくんが……初恋の男子に似てるからー♪ なんか、一緒にいると落ち着くって言うか、ユウくんと一緒にいると居心地が良いんだよっ♪」 ヒナは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、俺の腕に抱きついてきた。その言葉と仕草に、俺の胸は高鳴る。 大学に入ってからというもの、ユウマは男友達でさえ自宅に招いたことがなかった。そんな俺にとって、初めて家に入れる相手が、まさかの女の子、それもこんなにも可愛らしいヒナだという事実に、俺は心の中で深くため息をついた。まるで腹を括るかのように、俺は意を決し、ヒナを部屋へと案内した。 俺が「こっち」と静かに促すと、ヒナは俺のシャツの袖をちょん、と可愛らしくつまんだ。「ちゃんと案内してね?」そう言ってくすりと笑う彼女の無邪気な仕草に、鼓動がまた一つ、高鳴るのを感じた。 やはり二人きりだと緊張するのだろうか、ヒナは俯きがちで、落ち着かない様子だった。その表情からは、かすかな不安が滲み出ているように見えた。「女の子ひとりで男の子の家に行くなんて……えへへ、ちょっとだけドキドキしてるかも」 ヒナは、そう小さく呟いた。普段の彼女は、男子との交流にも慣れているように見えたが、その言葉と表情は、どうにも慣れていない様子を窺わせた。その事実になぜか、ホッと胸を撫で下ろし、安心感を覚えた。 エントランスを抜け、二人はエレベーターに乗り込んだ。ドアが閉ま
「え!? あ、ち、ちがう!! その、座れる場所でさ、ゆっくり話ができるところだよっ」 ヒナは顔を真っ赤にさせて、目を泳がせながら懸命に説明をする。その仕草が可愛らしくて、俺は思わず見入ってしまった。街灯の光が、ヒナの赤い頬をぼんやりと照らしている。公園の静かな夜の空気に、ヒナの焦った息遣いが微かに響いた。「ファミレスとか……だよね。それならもっと寛げてお金のかからない俺の家とか……?」 そう口にしかけて、自分の言っている大胆な発言に気づき、俺は慌てて言葉を止めた。心臓がドクン、と大きく鳴る。「……わぁ、それいい! ユウくんのおうちに行きたいっ! 行ってみたーい!」 な、なに!? ヒナは目を輝かせ、無邪気な笑顔で俺の言葉に食いついてきた。この無警戒というか、無防備な……。こういうのにも慣れているんだろうな。そんな思いが頭をよぎり、俺は思わず、はぁ……とため息をついた。ヒナに無意識で、少し呆れたような視線を送っていたらしい。 「……なによぅ、その顔はぁ~? むぅー」 ヒナが頬を可愛らしく膨らませて、不満げに言った。それから、考える仕草をして、自分の発言に気づいたらしい。 「……ち、違うから! ほいほいと付いていく感じじゃないよっ! いつもは……男子と二人っきりにならないしっ! 男子の家になんかついて行かないから!」 顔を赤くして、ヒナは必死に弁解する。え!? でも、自然と慣れた感じで……誘いに乗ってきたよな。彼女の明るくて可愛い性格だからこそ、モテるのだろう。言い寄ってくる男も多そうだ。それに……スキンシップというかボディータッチが多くて、距離感も近いから……俺みたいに勘違いしそうなヤツ、多いだろうな……。俺の胸の奥で、ヒナはただの友達で初めてできた仲良くしてくれる女の子だ。なのでどこか微かにヒナを独占したいという気持ちが湧いていたのかもしれない。 俺が急に暗い顔をして視線を落とした。腕に絡まるヒナの体温が、なぜか遠く感じられた。「ほらぁ、行くよ! ……って、どっちー?」 ヒナが俺の腕を引く感じで公園から出たところで、可愛らしく俺を見上げて聞いてきた。その瞳は、期待に満ちてキラキラと輝いている。「いや、俺……一人暮らし、それにボロアパートで汚いよ」 俺は適当に答えた。こんな状況で、彼女を自分の部屋に招くことに、一抹の不安を覚えていた。「